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杉田玄白コーナー

ごあいさつ

杉田玄白コーナー

小浜市にゆかりの深い杉田玄白は、尚学の気風に富み、人材の育成に注力した若狭小浜藩の藩医であり、偉大な業績のうち「解体新書」の翻訳はあまりにも有名で日本の近代医学、あるいは近代文化の先駆者といわれています。

杉田玄白を顕彰する病院名にすることについて、時期的にはまさに好機と考え、杉田玄白を輩出した郷土の中心的な病院である公立小浜病院の名称に杉田玄白を冠することに致しました。

当院では、杉田玄白コーナーを設け関連の品を展示しております。

展示品紹介

解体新書 全5冊
杉田 玄白 訳、中川 淳庵 校ほか 1774(安永3)年

杉田玄白コーナー展示品

外科医であった玄白は、ハイシュテルの外科書を見て西洋の外科のすばらしさを知り、西洋のものを学びたいと思って『ターヘル・アナトミア』に出会い、小塚原で人体解剖を見て、この『ターヘル・アナトミア』に描かれている解剖図の正確さに驚き感動しました。それを翻訳しようということで、幕府長崎通訳を通して、オランダの解剖書『ターヘル・アナトミア』を手に入れました。そして、前野良沢・中川淳庵とともに翻訳に取りかかり、玄白42歳の1774年(安永3)に世に知られた『解体新書』が発刊されました。

杉田玄白肖像
石川大浪筆『形影夜話』より 小浜市酒井家文庫 所蔵

杉田玄白玄白コーナー展示品

江戸蘭学界の主流の面々に交情を厚くしていた画家の石川大浪が、玄白の著述『形影夜話』巻頭に絵筆を執りました。玄白七十八歳の時の顔です。

書「醫事不如自然」
八十五翁九幸老人書

杉田玄白コーナー展示品

「医事は自然に如かず」

玄白が85歳の亡くなる年に言った言葉で、自らの人生を「百たらず八十路に余る五とせのいつも替わらぬ春に逢いにけり」と倦怠の気持ちを詠んだあとに、自分の医道の理念として「医事は自然に如かず」の最後の言葉を残しました。

この言葉は、大変有名な言葉で、病気の治療は自然に従った治療あるいは療養の仕方以上のものはないという意味であり、自然界の大きな流れの中で生かされている我々は、自然に生きることこそが最も重要だと言われたのであります。

顕微鏡
1780年 英国ロンドン T・Blunt社製 杉田玄白記念 公立小浜病院 小西淳二名誉院長 寄贈

杉田玄白コーナー展示品

当時、オランダで使われていたカルペパー型顕微鏡

前野良沢の書
第7回『杉田玄白賞』受賞者 医療法人 玄真堂 川嶌整形外科病院 理事長 川嶌 眞人氏寄贈

杉田玄白コーナー展示品

「長寿」

杉田玄白らと共に「ターヘル・アナトミア」の翻訳にあたった前野良沢(1723~1803)が没する直前の書

中川淳庵顕彰薬草園

中川淳庵顕彰薬草園記念植樹式

江戸時代の小浜藩医中川淳庵の功績をたたえる「中川淳庵顕彰薬草園」が平成25年5月に開園します。

中川淳庵は、杉田玄白とともに「解体新書」翻訳に当たった本草学者です。

薬草園は、敷地面積320㎡、植栽綿製177㎡で、高度医療施設整備事業第3期工事の一環として整備されます。園内には江戸や大坂で当時開かれていた薬草などの物産会「薬品会」に淳庵が出品した薬草を中心に、ノゲイトウやウコン、ラベンダー、ローズマリーなど約100種類の薬草が植えらえ、患者さまや地域の皆さまの憩いの場としてご利用いただけます。

平成24年11月24日の第3期工事の竣工式の際、薬草園の記念植樹式を行い、古代ギリシャの医聖ヒポクラテスゆかりの広葉樹プラタナスを植えました。


「中川淳庵顕彰薬草園」について

[新聞掲載] 福井新聞:小浜病院に薬草園